「ランドマーク」

  • 『群像』に載っている吉田修一の新しい小説には、『新建築』が出てくる。ヘルツォーク&ド・ムーロンとか。
  • 吉田さんのその小説「ランドマーク」であるが、ヘルツォーク&ド・ムーロンの話のところで、プラダ青山店も出てきて裏庭(?)の苔の描写もある。吉田さんの小説ではこのごろ、バックグラウンドの違う二人の人間を登場させることがある。今回はそれが、建築家の男とガテン(この雑誌の名前も小説の中に出てくるのだが)系の男なのだ。これを、通俗的な設定というのかどうか。『東京湾景』では、品川の倉庫街で働くガテン系の男とお台場で働く女(二人は出会い系で知り合い、女の職業は途中まで隠されている)。吉田さんの小説については以前から、それが「リアル」なものかどうなのか単純に議論できないと考えていてどのレベルで読めばいいのか、答えが出ないままできている(が、それは考えすぎかもしれないとも思う)。
  • 吉田らしい一節 「もちろん声を出したのは自分だと分かっていたが、もう一人この部屋に誰かが入ってきたようだった。これまでに吉蛙こともないような強い声だった。」
  • 東京、博多(犬飼の出身地)、九州(政和がそう呼ばれている)、大宮、バンコク
  • 吉田らしい 実世界では言いそうにない決めぜりふ
  • 突然の暴力 剥き出しの体
  • 対比的な二人の男 名字で呼ばれる(犬飼)、名前で呼ばれる(隼人)
  • 階級的なのそれ 職業の違い 設計士と建設現場の作業員
  • 二人の交差 空間的なそれ 間接的な
  • コンクリートの壁 毛の生えた壁
  • ねじれたビル ランドマーク 建設中のそれ
  • 吉田らしい 総和、ドキュメント、別のストーリー たとえば実在の映画のストーリー
  • 東京から車で埼玉・大宮に向かうシーン そびえ立つ建設中のビルが見えてくる
  • 「みんな、最近、政和の様子がおかしいおかしいって言ってらんだばってや、同じ部屋で暮らしておらがらするど、よっぽど、オメのほうはおかしく見えるんだ。いっつもイライラしてでや、それこそ、なんかあったら、ブチッて切れそうでや。見でてヒヤヒヤするんだよ。……オメ、からだの調子でも悪いんでねえが?」 隼人 わざとイライラしている?
  • グルスキーの写真、idee
  • 内藤千珠子の時評@「週刊読書人」で、小説内の構造が結構きれいに整理されていた。

『熱帯魚』 が文庫化された。単行本と同じジャケ(『最後の息子』の文庫化の時はジャケが写真からイラストに変わった。ちなみにどちらの本も解説はなし)。帯には、「芥川賞作家の最高傑作!!」とあります。誰が決めたのでしょう? 確かに、『文藝』での「絶対読みたい作家ファイル」(*2)という記事中で、「自信作は?」というようなアンケートに本人がこの小説を挙げていた覚えはありますが。 &amazon(4167665026,right);

  • 『JJ』で「キャラメル・ポップコーン」という連載。阿部和重が『an an』でやっていた(「アブストラクトなゆーわく」)みたいにエッセイの連載かと思っていたら小説。変わっているのが、文章の小さなまとまり毎に小見出しがついていること。
  • *2・・・『文藝』 2002年 冬季号
  • *3・・・

「東京湾景」

  • 新潮社より、10月に刊行予定。
  • 『小説新潮』での発表されている連作「東京湾景」。
  • 3年7月号に、「東京湾景」にいまくら篇として「天王洲1605」が掲載されていた。にいまくらとは「新枕」のことでこの言葉にも驚かされるが、作品が始まってすぐに、森高千里の「雨」の歌詞が引用されているのにも驚く。
  • 「東京モノレール」(『小説新潮』 2年9月号)
  • 「お台場から」(『小説新潮』 3年5月号)
  • 「品川埠頭」(『小説新潮』 3年3月号)
  • 品川埠頭の倉庫で働いている男が主人公。小説家が出てきたりするが、作家本人と重なるような像ではなく、俗な恋愛小説を書く(その作品が映画化されるような)女性作家である。
  • 吉田の特徴的な、風景描写だが、タイトルにあるように、品川埠頭の様子、特に、付近にある主人公の住む社宅から見えるモノレールが、印象に残るように描こうと意図されている。
  • そのモノレールが走る風景/イメージが、離れた場所にいふ二人(主人公と出会い型で知り合った女)を(携帯でのメールでの会話に載せられて)繋ぐ(とても映像的なつながり)。モノレールの中から見える主人公の働く倉庫、主人公の家から見えるモノレール。パレード、パークライフ中のいくつかのイメージ(マンションのベランダから下の道路を眺める、公園の中での多層的な風景等)との連関で考えられるものだろう。

「コンセプチュアル・デイズ」

「パパが電車をおりるころ」

「春、バーニーズで」

パーク・ライフ

「パレード」

  • 02年2月 書き下ろしで幻冬舎から
  • 「彼が語る偽史はあまりにも相手をうっとりさせる」
  • 鈴木成一デザイン室、クサナギシンペイ
    • そういえば、この両者の組み合わせでスゴーク似た本を見た。キャッチも似ている。「他人だから家族が始まる」じゃないけど、そんなの。
  • 『論座』( 2002年08月号)、中条省平の時評で紹介(「ナンシー関、急逝。そのテレビ評は、養老孟司の「世間」批判や、奇妙な同居生活を描く吉田修一の小説『パレード』の問題提起とも重なり合う。人はどう共同体に立ち向かうか?」)
  • 日本には「一定の目的をもつ機能体である」社会は存在せずそこにあるのは「目的も機能もない」世間という共同体であるという話を、ナンシー関のTV批評や養老の議論を参照しながら展開した後、「そうした共同体をミニマムな規模に圧縮し、そこで現代日本における新たな共同体の成立の条件を問いかける佳作=「パレード」という図式。こんな読み方をしたらつまんない気がする。ラストについてのコメントも「この擬似メルヘンの裏側でどれほど人間的感情の荒廃が進行していたかたを物語って恐ろしい」というのも盛り上がっているなーという感じ。いやあ正しい読み(というか要約)だとは思うし、このレベルの話をとりあえず押さえておくのもいいだろう。だけど、ここで終わっちゃうのはなあと。

熱帯魚

最後の息子

  • 『最後の息子』に収録。初出は1997年。
  • 「上京して一人暮らしをするようになって、ぼくは初めて自分の声を聞いたような気がする。一日中誰とも口をきいていない日がよくあった。静まり返った部屋の中で、ぼくは恐る恐る声に出してみた。何を言えばいいのか自分でも分からず、その時の正直な気持ち「腹が、減ってます」と声に出して言ってみたのだ。 初めて聞く自分の声は、思っていたほど孤独ではなかった。」
  • 「満員の観衆の中に少女の姿がある。始まった闘牛に立ち上がって熱狂する観客の中、彼女だけが、ぽつんと一人座ったままでいる。見事なファエナで牛が殺され、マタドールが退場したあと、次の試合のためグラウンドの清掃が始まる。興奮していた観客は一人一人と腰を下ろしてしまう。そんな中、少女が勇敢にも、一人立ち上がる。ぞじて箒を持ってグラウンドに現れたその少年に、彼女は歓声を上げ、誇らしげに拍手を送るのだ。 ぼくはこのシーンを思い出すと、急に素っ裸になったような気がする。もしもぼくがグラウンドを清掃するとして、 誰がこの観客の中、立ち上がってくれるだろうか? そして、その立ち上がってくれる人を、ぼくはこの少年のように大切にしてやれるだろうか。」
  • 最後の部分,「閻魔」ちゃん(主人公=ぼくと同居している男でおかま)が,「ぼく」の母親に結局会わずに書いた手紙,まさにタイトルの意味が語られる部分。
  • 「・・・アンタをアンタの家の最後の息子にする権利も、責任も持てないわ。別に結婚を申し込まれたわけじないけれど、女もこの年になると、親に会うってのは,そういうことなのよ。とにかく、アンタの面倒を一生見る気なんて、私には更々ありません!」
  • 1つ1つの言葉はどこかで聞いた言葉だか、それが連なったとき、それがこの「閻魔」ちゃんというキャラクターによって吐かれたとき、何か社会的なものとずれて、社会に還元してしまえない個人的なものが出てくる(<--って何か意味不明)。

「water」

  • 『最後の息子』に収録。高校の水泳部について。
  • 「だけど、溺れている者の目が、どれほど真剣なものか分かるだろうか? ボクは心から省吾に100メートル泳げるようになって欲しい。」
  • 「「平気ですよ。先生みたいに馬鹿にしてくれる人がいないと、真面目なスポーツ少年少女としても、張り合いがないですから」」
  • 「そのとき、呼吸をしようと水面からあげた顔の横で、運悪く水が高くなった。省吾の大きく開いた口に、キラキラと輝く水がどっと流れ込んだ。/あとたったの……10メートルだった。/大量の水を飲み込んだ省吾は、激しく咳き込みながら立ち上がった。プールサイドに響く湿っぽい省吾の咳を、みんなの溜め息と蝉の声が包んでいた。」
  • 「青春小説」にカテゴライズされそうなのに、……押しつけがましながない。次の一節からは、おしつけがましさの拒否が読み取れる。
  • 「スタート台から眺めるプールの景色は絶品だ。風が作る小さな波に太陽が反射している。ボクはプールが好きだ。たぶん海より好きだ。プールには海が持っているような獰猛なモラルだとか、荒々しい情操がない。一言で言ってしまえば、プールは男らしくない。そして何より押しつけがましくないのだ。清潔で、淡白で、そして危険のないプールがボクには合っているように思う。」
  • 「「よし! あと一週間で、夏休みも終わるけん。明後日、記録会をするぞ!」/そう告げると、一斉にエーッというブーイングが起こった。水泳部は男女合わせて三十人あまりしかない。それでもその三十人に声を揃えられると、さすがに一瞬怯んでしまう。ボクが選ばれた時点で、キャプテンの威厳なんて失墜してしまっているのが現状だ。」