WhosWho/Nelson George

Nelson George

  • 「……音楽産業が体系的に黒人演奏家によってつくられた音楽を搾取してきた事実に注目した。これは、黒人演奏家の音楽と黒人の文化的一体性[アイデンティティ]にレコード産業が及ぼす影響に関心を寄せる、ネルソン・ジョージという書き手が一貫して追及してきたテーマである。」(ニーガス『ポピュラー音楽理論入門』, p.77)
  • 文化/社会史(誌)的な作品になっているのが魅力のひとつ.
  • 個人的な記憶・体験に対する言及

著書

  • Nelson George 《Hip Hop America》[オリジナル:1999] amzn → 翻訳[2002] amzn
  • Nelson George 《Where Did Our Love Go: The Rise and Fall of the Motown》[オリジナル:1985] amzn → 翻訳 amzn
  • Nelson George 《Post-Soul Nation: The Explosive, Contradictory, Triumphant, and Tragic 1980s As Experienced by African Americans》(Previously Known As Blacks and Before That Negroes) amzn
  • Nelson George 《The Death of Rhythm & Blues》[1988] amzn → 翻訳 amzn
  • Nelson George 《Buppies, B-Boys, Baps, and Bohos: Notes on Post-Soul Black Culture》[1992, updated ver. 2002] amzn
  • Nelson George 《Blackface: Reflections on African-Americans and the Movies》[1994 updated ver. 2002]
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http://d.hatena.ne.jp/surround/20040119

『ヒップホップ・アメリカ』

  • 読み進める。『ヒップホップ・ジャパン』はこの本の名前をもじったものらしいが、よく言うよ、と思う。それは、日本のヒップホップがリアルじゃないというような話では当然ない。そういうことがあったとしても、今問題ではない。本を書く態度、その本が持っているパースペクティブ、対象に対する距離などなどの問題である。つまり、ライターとして、書き手として、モノを考える者としての問題。『アメリカ』と『ジャパン』は全然違う種類の本だろう。それは『ジャパン』の作者も認めるところだろうが、それではなぜ、エクスキューズ付きだとしても、不用意な参照をするだろう。『アメリカ』なんか誰も読んでいないと思ったのかな。
  • いろいろな断言が重ねられるが、その積み重ね・論の運びに関しては慎重なものに思える。ただ、政治活動としてヒップホップを考えるとき、最大の障害となるのはヒップホップのMCというのはおよそ資質的にも、あるいはどれだけ訓練を積んだとしても、到底社会活動家などにはなれっこないタイプの人間だということだ。MCは飽くまでもエンタテイナーであって、したがって、MCの見てくれも及ぼす影響も、あるいはメッセージ性そのものも、実はマーケットの気分にすぐに左右されてしまうものなのだ。たとえば、少なくとも四年間はヒップホップというカルチャーの最もいいところを体現していたパブリック・エナミーのインパクトは計り知れないものだったかもしれないが、PEの最大の力はなんだったのかといえば、結局、レコード制作とレコードの売り方がとてつもなくうまかったという事実に行きついてしまう。/しかし、だからといってヒップホップから政治的な影響を受けることなどありえないということにはならないし、実際、その影響は計り知れないのだ。たとえば、・・・(第十二章 マーケティング・ツールとしてのヒップホップ)
  • ダンスミュージックとしてのヒップホップ

第三章 ギャングスタ・ラップの真相と深層

  • 六〇年代に吹き荒れた公民権運動,七〇年前後に都市部で頻発した人種暴動,ヴェトナム戦争(1960-75)の時代と薬物,六〇年代末のヘロインの大衆化/黒人犯罪組織の性格の変質,七〇年代のヘロイン蔓延,八〇年代初期にはエンジェル・ダストという薬物が広がっていく(ヒップホップの黎明期に,パーティで人気のドラッグだった),そしてクラックが広がっていく/レーガン大統領が在任していた八年間(1981-89)における,クラックが社会に与えた影響
  • 「ギャングスタ・ラップ[…]はクラックの爆発的な流行が生んだ直接の副産物である.この関係を理解していない限り,八十年代末からヒップホップが全米で目の敵にされていったプロセスで起きたこともすべて腑に落ちないものとなる.これは鶏が咲き出卵が先かという類の問題ではまったくない.初めにまずクラックがあり,それに続いてギャングスタ・ラップが勃興したのである」(p.101).
  • 「ギャングスタ・ラップが初めて登場したのは[…]八十年代中盤の頃だ.八十年代の終わりには爆発的に流行し,九十年代に入るとクラックと同様,その勢いも次第に落ちついていった」. #amazon(4860520068)



  • 「・・・しかし、そもそも表現は民主的であるべきものなのだろうか。」(ネルソン・ジョージ『ヒップホップ・アメリカ』)
  • そういや、上記の本に、ヒップホップ(の美学)にカンフー映画が与えた影響の話があった。こういう話を、日本人にされたりすると、このサブカル狂いが! とか思うのだが、黒人の人に書かれるとなあ。まあ、ネルソン・ジョージが「一般的な」黒人なのかわからんが。「「ブラック・ムーヴィ」の魅力が徹底してブラックさを剥き出しにすることにあったのなら、カンフー映画が提起したものは、飽くまでも非白人的で、非西欧的な格闘の基準であり、枠組みだった。」 わりとほんまかよっていう話だし、文体だけどさ。