Ian Hacking

  • 現在は、コレージュ・ド・フランスのPhilosophy and the History of Scientific Concepts講座の教授だそうな(追記:2006年まで?)。
  • "Making up people," 翻訳が『現代思想』2000年1月号(特集=確率化する社会)に掲載

イアン・ハッキング『記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム』

#amazon(4152081562) #amazon(B00005NQXD)
  • 以下、引用文中の下線は引用者による強調

0 序章

  • 「多重人格というささやかな物語[サガ]における近年の変化を引き起こしたものが何であれ、それは、一九世紀後半に姿を現した記憶に関する科学や知識という広大な分野の根本的な面と強く結びついている。過去と現在の多重人格は、過去と現在の記憶を考察するための小宇宙として使うことができる。……」 p.10

1 それは本当か?

Is It Real?

2 それはどのようなものか?

What Is It Like?

3 運動

The Movement

4 幼児虐待

Child Abuse

5 ジェンダー

Gender

6 原因

Cause

  • 「……多重人格者は、自分の現状の原因を、自分の子供時代について次第に思い出したもののなかに見いだし、それによって救われているのだ。……われわれが目にしているのは、過去を記述し直し、考え直し、感じ直すことによって、自分自身を説明する方法なのである。/##因果関係と説明という新たな構造の内部で、ひとたびさまざまな出来事が想起されて記述されると、新たな過去が発生するという発想##は、非常に魅力的である。……過去は、記憶の中で書き直され、幼児虐待という大見出しの下に分類されるような新しい種類の記述、新たな単語、新たな感じ方等々を与えられる。多重人格者が、セラピーの中で自分の病気の原因として感じるようになり、記述された出来事が、その人の現在の状態をもたらしたのではない。過去が現在をもたらしたのではなく、過去の方が現在によって記述し直されるのだ。それにも関わらず、患者は新たに記述された出来事が、自分の現在の状態を"生み出した"と感じている。患者は、現在流布している記憶についての知識の種類ゆえに、そのように感じているのだ。……この因果論的な話は、その人が生活し、考え、感じ、話している概念の空間の重要な部分を占めているのだ。」 p.116
    • 同箇所への言及ー>「He suggests that "the multiple finds or sees the cause of her condition in what she comes to remember about her childhood, and is thereby helped" (94). From "the past becomes rewritten in memory [hence, the "rewriting of the soul" in the book's subtitle], with new kinds of descriptions, new words, new ways of feeling, such as those grouped under the general heading of child abuse," Hacking concludes that "the events as described...did not produce her present state. Instead, redescriptions of the past are caused by the present" (94). 」lnk
  • 「……私が追求しているのは、はるかに深遠な問題、すなわち、原因という観念そのものが作り出された経緯なのである。ひとたびその観念を持つと、われわれは、人間を、そして自分をつくりあげる[メイクアップ]ための非常に強力な道具を持つことになる。われわれの魂は、いかにしてわれわれは現在のわれわれになったかを説明するモデルに従って、われわれが構築したものなのである。」 p.117

7 測定

Measure

8 記憶の真実

Truth in Memory

9 分裂病

Schizophrenia

10 記憶以前

Before Memory

11 人格の二重化

Doubling of the Personality

12 最初の多重人格

The Very First Multiple Personality

  • 「……私が関心を持っているのは、彼について何が言われたか、彼がどのような治療を受けたか、そして多重人格の言説と症状言語がどのように誕生したかということについてなのである。」

13 トラウマ

Trauma

14 記憶の科学

The Sciences of Memory

  • 「「記憶の科学」が、従来の「記憶術」と大きく異なっているのは、科学と技術、つまり"知るという行為そのもの"と、"方法を知ること"との間の違いである。新しい記憶の科学は、物の覚え方を教える術とは違って、新しい"知るという行為"を提供するのである。」 p.250
  • 「……忘れ去られていたことこそ、われわれの性格や人格や魂を形成しているものだ、という観念……われわれは、どこでこの観念を得たのだろう? この点を把握するためには、記憶についての知識が、一九世紀末に現れた状況を考察する必要がある。新しい記憶の科学は、何をしようとしていたのか? もちろん、発見をして、より大きな権力を得ることである。……私は、それら新しい科学はどれも、従来、科学の域外に置かれていた人間の一側面を治療し、助け、統制するという観点から新種の知識を提供したような、魂の代用科学、経験主義的科学、実証主義的科学として現れたのだ、と主張したい。……」 p.259
  • 「われわれが到達したのは、落ち着きのよくない結論である。心理的トラウマと、取り戻された記憶と、解除反応についての学説は、真実の危機をもたらした。この学説の先駆者として永遠に記憶されるべきフロイトとジャネの二人は、正反対の立場から、この危機と向かい合った。ジャネは、患者に嘘をついて、患者が自分の苦しみを処理するための虚偽記憶を作り出すことに、何の良心の呵責も感じなかった。ジャネにとって、<真理>は絶対的価値とはならなかった。しかし、フロイトにとって、<真理>は絶対だった。彼がめざしたのは、他のあらゆるすべてが服従すべき真の<理論>であり、患者もまた自分についての真実に直面すべきだと、彼は信じていた。……」 p.244
  • ネットで、上の箇所に該当する原書からの引用に出くわしたので、参考のために引いておく。 「the doctrine of psychological trauma, recovered memory, and abreaction created a crisis of truth. Freud and Janet ... faced the crisis in opposite ways. Janet had no compunction about lying to his patients, and creating false memories through which they could deal with their distress. Truth was not, for him, an absolute value. For Freud, it was. That is to say, Freud aimed at the true theory to which all else had to be subservient, and he believed that his patients should confront the truths about themselves. When he came to doubt whether the memories elicited in analysis were true, he developed a theory that worked just as well when they were taken to be fantasies. He may have made completely the wrong decision 」
  • 「患者が自己認識を持つことは、重要なのだろうか? ジャネにならって患者に催眠術をかけて自己を欺かせてはどうだろうか? 自己認識自体は重要だと私は考えているが、それと同時に発生する問題は複雑である。……しかし、はっきりしていることが一つある。失われた記憶と取り戻された記憶に関して言えば、われわれはフロイトとジャネの後継者である。前者は<真理>のために生き、それでいて、おそらく非常に多くの場合自らを欺き、しかもそのことを承知していた。後者はもっと高潔な人物で、嘘をつくことで患者を助け、自分がしているのは何か別のことだ、などと自らをだますようなことはしなかった。二十世紀末に生きるわれわれを悩ませている、記憶の真実をめぐる論争は、フロイトの苦悩やジャネの自己満足と比べると、報われぬまま昔の戦闘を繰り返しているに過ぎないという印象を与えるかもしれない。われわれが同じことを繰り返す理由は、記憶についての知識が、魂の霊的理解の代行者となった時期である、一八七四年から一八八六年までの一二年間に、われわれが、ある基底構造の中に閉じこめられたからなのかもしれない。トラウマの心理化が、その構造の必要不可欠な部分である。つまり、長い間、存在論に支配されていた魂の霊的苦悩とは、誘惑に負けたわれわれ自身の罪の結果ではなく、外部からわれわれを実際に誘惑した他人によって引き起こされた、隠された心理的苦痛であると見なされるようになったからなのだ。トラウマは、この大変革の回転軸の役目を果たしたのである。」 p.244-245

15 記憶政治学

Memoro-Politics

  • 「おそらく、記憶の政治学には、個人的なものと共同的なものという、二種類のものが存在する。……」 p.261
  • 「……社会の最底辺にいる人でさえ、伝記を持つのだという発想は、どこから出てきたのだろうか?」

16 心と身体

Mind and Body

  • 「……私が強く主張したいのは、多くの自己が持つ言語全体は、一流・二流を問わず、何世代にもわたるロマン派の詩人と小説家が考え出し、さらに数え切れない広告や文芸欄など、現代の一般的知識にとってあまりにもはかない媒体の中で案出されたという点である。……どのようにして文学的想像力が、人々を――それが本当であろうと、想像上のものであろうと――語るための、われわれが使う言語を形成したか……自分自身を記述するために使われる言語ということになると、われわれ一人一人は、創造と現実の混血児なのである。……」

17 過去の不確実性

An Indeterminacy in the Past

  • G.E.M. Anscombe 《Intention》 [1957] amzn ー> 翻訳 アンスコム『インテンション―実践知の考察』 amzn
  • 「……私が述べたいのは、過去の人間の行為の不確実性である。この場合、不確実なのは、われわれの行為に関する何事かであって、その行為の対するわれわれの記憶ではない。……」 p.289
  • 「……行為は単なる活動、すなわち、ビデオに映る動きとは違う。何よりもまず、われわれは、意図的な行為、すなわち個人が行おうと意図した物事に関心を持つ。/意図的な行為とは、「ある記述の下」でなされる行為である。……」 p.289
  • 「……人や行動についての新しい種類、新しい分類を考案したり形成することは、善悪いずれにせよ、個人になるための新しい方法、新しい選択肢をつくり出すことなのかもしれない。いくつかの新しい記述が生まれ、その結果、ある記述の下の新しい行為が生まれる。人間が実質的に変わるのではなく、論理の点からすると、行為のための新しい機会が人々に開かれたのである。」 p.296
  • 「……われわれにとって重要なことは、当時は、今ほどは、明快なものになっていなかったのかもしれない。われわれが自分の行ったことや、他の人々が行ったことを思い出すとき、われわれは過去を考え直し、記述し直し、感じ直すのかもしれない。これらの再記述は、過去について完璧に当てはまるのかも知れない。そして、そうした再記述こそ、われわれが、今、過去について断定的に主張している真実なのである。だが、逆説的ではあるが、それは、過去においては真実ではなかった。言い換えれば、その行為が行われた時点で意味を持っていたような、意図的な行為に関する真実ではなかったのかも知れない。だから、私は、過去自体が、過去にさかのぼって改訂されていると述べているのである。私が言いたいのは、行われたことに対してわれわれの意見が変わるということだけではなく、ある種の論理的な意味合いにおいて、行われたこと自体が修正されるということなのだ。われわれが、自らの理解と感受性を変えるにつれて、過去は、ある意味において、それが実際に行われたときには存在しなかった意図的な行為というもので満たされていくのである。」 p.309
    • この後で、「すべてのものは不確定で、テキストと記述で成り立つ物事と過ぎないという主張」をしているのではないということが確認されている。それは「先入観を揺さぶる」がそのような一般命題は「多くのことは語らない」。

18 虚偽意識

False Consciousness