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  • http://srkm.org/ 白熊。オンライン写真雑誌。こういう使い方ならフラッシュも悪くないか。


  • http://diddly.com/random/ Random Personal Picture Finder
  • http://scotthaefner.com/kap/gallery/?g=favorites これはもろ、よしだしゅ-いちパークライフの世界? この人は、凧にカメラつけて撮っているらしいが(parklifeはちっちゃい気球みたいなの)。または、powers of tenの画像/人工衛星の画像/sputnikの世界観。

memo

図書館に、ヒステリック・グラマーの写真集シリーズの中平卓馬があって見ました。横浜美術館での個展に出ていた新作と同系統の作品(こちらの方が発表は先か)。鳥とか、猫とか、ホームレスの人とか、植物とか。デザインはあれでいいのかなー、あんまりしまりがない余白ある感じので。余白がなかったらまた違う感じだろうなあ。

楢橋朝子『FUNICULI FUNICULA』

  • この写真集を見ていたのだが、おもしろいなあ。
  • 写真について、おもしろいなあ、というのはまだ何もはじまっていない、という感じがする。というのは、それは、これは何だろうなあ、という思いだからで、この時点で、もう「一つ」の見方に入ってはいるのだけれど、ここから(どこに行くのか)まだまだ「分からない」。
  • 眼は写真の上をさまよって、あー、あー、と一つ一つ書き下すことができるような、いろいろな思いを持つのだけれど、それを書き下すことでは足りない。というか、書き下すことが、写真を見ることの何なのか? よく分からない地点に「まだ」いる。
  • たとえば、写真を見ていて、他の人の写真を思い出すのだけれど、それは具体的な記憶に基づいていて、見たこともない作家(写真家)のことは思い出せないわけで、ボキャブラリーは限定される。だから、あまり文章として説得的にならないかもなあ、と思ってしまう。つまり、たとえば、『FUNICULI FUNICULA』の写真を見ながら、清野さんの写真を思い出したり、また野口さんの写真(までも)思い出したりするのだが、それは似ているとか、そういう話にすぐにはいかない。感覚としては、思いだした写真家の写真はこういう風のとは「違った」なあと思う、ことが多い気もする。もっともっと見ると変わるんだろうなあとは思う。
  • たとえば、写り込んでいるモノに思いがいく。・・・・つづく
  • なんか画面が暗めというか色褪せた感じというか・・・自分が見ている風景・・・ああ、そうか・・・外で見てみる
  • フニクラフニクラ
  • また、この人の、「half awake and half asleep in the water」lnk(こちらにも)も素敵だと思う。心地よい。
  • オフィシャルサイトがありますlnk